栗沢の民家 解体の記録                   

解体前

 明治8年に建てられた一軒の農家住宅。このドキュメントは、1週間にも及ぶその解体作業を追ったものである。一般的に機械で行われる「壊して捨てる」だけの解体作業であれば、わずか数日しか掛からないのかもしれない。しかし古材としての再生を前提とするこの解体作業は、そのほとんどが手作業によって進められた。再生され、次代に受け継がれることを願って…。

↑解体直前。ここまでは持ち主のKさんがひとりで解体した。

解体

1日目から3日目までは屋根や壁、床の解体作業。梁や柱など家の骨格となる部分を壊さぬように、慎重に不要部を外す。ほとんど手作業で、再利用できるもの、できないものに分ける。藁が混ぜ込まれた土壁も、もう一度練り直せば再利用できるので、崩したものを袋に入れて持ち帰る。

梁と柱だけになった。梁や柱一本一本に番号の書かれた板を打ち付ける番付という作業を行う。これが貼ってあれば、どこにどの柱が使われていたかを間違うことなく再生できる。

翌日、台風の中、本格的な解体作業が始まった。 激しい雨と風の中、一本ずつ梁がクレーンで下ろされていく。しっかりと頑強に組み上げられたこの家の解体には、手間と時間が費やされた。


がっちりと組み合った梁と柱は、雨をたっぷり含んで膨張している。それゆえ解体するのも一苦労。

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解体6日目。作業はクライマックス。今日は、この家で客間として使われていた広間を解体する。

梁や柱がすべて無くなった最終日。床下を解体して作業がすべて終わった。7日間に及ぶ解体作業が幕を閉じた。